朝早く起きるための100の方法

世界を手のひらサイズに切り取ります。

January 2007

最後の秘境

知らないうちに、職場のいろんな人に心配されていた。
皆さん、最近俺に対する視線があったかい、むしろあったか~いなあと思っていたのだが。
先輩二人が深刻な対立をしていて、間でもみくちゃにされている俺、というのが共通認識になっているようだ。
確かに二人から矛盾したオーダーが俺に下るのはものすごいストレスになっている。

「最近お前下向いて仕事しちゃってんじゃねえか。」
「みんなはお前の味方だから、我慢できねえと思ったら言いにこいよ。」
「俺だったら耐えられないね。よくやってるよ、お前。」
等別々の人から個別に声をかけてもらうと、しみる。
ありがたい。
対立自体がひどく幼稚な次元で起きているので、俺は「ああ、はいはい。」という心持で対応しているつもりでいたのだが、
しみてみるとかなりストレスがかかっていたことが認識できた。

ストレスは別件で抱えてると思ってたんだけど、こっちにもあったとは。

マニュアル

今日はおもしろくない日だった。
それは限られた時間の中でこなさなければならない仕事が多かった上に、増えたからだ。
それは何かわんこそばのようなものを想像させる。
実際は昼飯が食べられなかったけれども。

そうか、昼ごはんが食べられなかったから、面白くなかったのか。
明日は館山と安房鴨川に行くので(仕事ね、仕事)おいしい昼ごはんを食べようと思う。

PASSION

気持ちが沈んだ時には何もかもがうまくいかない。
そう、気分転換すらうまくいかない。
なので僕は電話をしながら部屋の片づけをする。
片付けなら失敗しても、そんなにダメージはないし
失敗すること自体があまりない。
おまけに保険で電話までしている。

そうして部屋のどこかに落ちているPASSIONを僕は探しているのだ。

量の担保

ブログは更新頻度も大切だが、量も大切らしい。
更新頻度を担保するのはいろいろアイディアがでるところだが、
量の担保は難しい。
スケッチと一緒でひたすら書くしかないのではないかとも思える。
数年前に考えたことだが、「困った時の広辞苑」というのはなかなかよい。
広辞苑には様々な単語が載っており、
その中で心の琴線をかき鳴らしてくれた言葉を選んで、
それについて書く。
この方法のよい所は、最悪丸写しすれば少しは読む人の役に立てることである。
その他の71の決まり手についてはまた、いつか。

量の担保について、アイディア募集。

間違えないブログ選び

携帯でミクシーをしている友達から、
「日記が見れない」
とメールが来た。
おー、ドリコムよ、ケータイから見られないとは。
毎日更新しても見てもらえないとは。

読んでもらうと更新モチベも上がるので、ここは重要なところである。
ケータイから読めないことが更新モチベを下げ、
毎日更新マニュアルの有効性を下げることになりかねないではないか。

ブログ選びから、勝負は始まっていたのか。

一日一難

最近、この言葉が頭からはなれません。

完全毎日更新マニュアル

ドリコムの社員のように、四人の人にブログを始めるように勧めた。
毎日書け、しょうもないことでもいいから書け、とはっぱをかけ、
引きずられるように俺も毎日ではないけれどある程度の更新頻度を保っている。
ネタがないから、という理由で書くことを拒否されそうなので、ブログを毎日書けるマニュアルを考えてみた。

1文目→今日は面白かったか面白くなかったか、を書く。
2文目→それは○○のせいだ、と書く
3文目→気が向けばその理由をどうぞ。なければないでいい。

この形であれば、書くことは発想しやすいし、二文でよいという気軽さがある。

しかし。

いまだ使用例なし。

心の優しい人、使ってみて、報告をください。

マリー・アントワネット

楽しみにしていたので、公開初日に観に行った。
ヴァージンスーサイドの美しくてスタイリッシュな印象が残っていたので。
レイトショーは1,000円で観れるので嬉しい。
結構人が入っていて、おお同志よ!というフィーリング。

でも観た後は、おーどうしよ!というフィーリングだった。
ひどい映画だ。
キルステン・ダンストファンにはたまらんかもしれんけど。

エンドロールが流れ始めた瞬間の館内のざわめきときたら。

典型

バスに乗ろうと走っていた若い女が、
バス停の手前の段で履いていた靴がすぽっと脱げ、
その隙にバスは出てしまったので
それを呆然と眺めているところに出くわした。

右手にハイヒールをにぎりしめて。

短歌

会社に行くまでに、必ず渡らなければならない川がある。
小学校の頃、川の向こうに行くことなんて、あんまりなかった。
川の向こうは別の国で、だから僕は川に沿って海へ行くことを好んだ。
中学校の頃、対岸の公園が僕らのサッカースタジアムになった。
この三年間は川を遡って利根川にも行ったし、かなり川に親しんだ。
高校生の頃、川とは逆の方の学校に進んだせいで、あまり川には触れなかった。
海にはよく行った。
川を越えて向こうの浜は人気がなく、僕のお気に入りだった。

その後川のすぐそばに住んだりしながら大きくなり、今は川を渡るのが日課だ。
こうして年をとるんだね。

僕はもうこの川にかかる橋の名を全て知ってた僕にはあらず
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